2008年05月16日

固有種

日本にはどれくらいいるんですかね?

固有種(こゆうしゅ)とは、その国、あるいは地域にしか生息・生育・繁殖しない生物学上の種。特産種とも言う。大陸などから隔絶されている島嶼などで多く見られる。地域個体群の絶滅が、即座に、種そのものの絶滅につながるので、保護対象として重要である。

日本にしか分布しない動植物の種は、日本固有種という。

定義
どのような生物も、それぞれに固有の地理分布を持っている。それが広いものもあれば、狭いものもあるのはある意味で当然である。極端に広いものは、ほとんど世界中で見つかる。北極南極を除けば世界中にいる、という生物もいないわけではない。代表的なのがヒトである(現代の文明が暖房器具を発明するより前から、熱帯から極周辺まで生息していた)。また、熱帯域に広く分布とか、アフリカからアジアまでといった分布域を持つものもある。このようなものを広域分布種とか、コスモポリタンなどという場合もある。これらの逆に、世界中のごく一部でしか見られないものがある。そのような生息範囲の狭いものを指して、その地域の固有種と呼ぶ。

どの程度の分布範囲のものからを固有種と言うかについては定まったものはない。普通は島のような陸続きの範囲など地理的なまとまりや国のような行政区分が考察の対象となるから、そのような区分のどれかの範囲のみに生息するものを指して言うわけである。たとえばアマミノクロウサギは奄美大島と徳之島に固有、とか、オオサンショウウオは本州に固有、とか、ムササビは日本列島に固有あるいは日本の固有種、といった表現はよく見かける。しかし、例えばトラはアジアの固有種だ、とか、キリンはアフリカに固有、というのが間違いとも言えない。あまり広く範囲をとると意味がなくなるが、文脈によっては使われるかも知れない。たとえばトラはなぜ北アメリカにいないのか、を論ずるとすれば、この表現もあり得る。

なお、種より上位あるいは下位の分類群について、固有の科や固有属、固有亜種、固有変種などと用いる場合もある。ハワイミツスイ科はハワイ諸島固有の科である。

メカニズム
島嶼に固有種が多いのは、個体群が隔離され、しかも規模が小さいため、種分化が起きやすいためといわれる。突然変異が起きた場合に、他の個体群と交流がないので、その個体群固有の遺伝子となる上に、集団が小さければ、それが広がりやすい。しかも、その地域に独特の条件による選択が加われば、種分化の速度は格段に早まると考えられる。また、列島で島ごとの種分化が見られる例もよくある。

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さらに、海洋島では、はじめは生物がいないところから始まり、しかも侵入する種そのものが少ないから、そのために生態的地位の空きが多い。したがって、適応放散が起きやすく、それが固有種を増やす理由にもなっていると見られる。

同じような理由から、陸続きであっても、生息可能な環境が隔離されている場合や、生物その物の移動能力の弱い場合には、地域個体群が孤立しやすくなるので、種分化が起きやすく、結果的に地域固有種を生じやすい。日本の例でいえば、前者は高山植物がこれに当たる。後者の例としては、動物ではサンショウウオやカタツムリ、植物ではカンアオイ属などにそのような例が見られる。

逆に言えば、隔離分布をしている生物は、それぞれの地域で固有種となっていることが多い。
(以上、ウィキペディアより引用)

全然分かりません。。

2008年03月28日

かつての旅人は…

こういうところに泊まったんでしょうね!

宿場(しゅくば)とは、主に江戸時代、五街道や脇往還において駅逓事務を取扱うため設定された町場をいう。宿駅ともいい、古代、奈良時代・平安時代から駅馬・伝馬の制度によって整備されていった。

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歴史
近世の宿場の整備は徳川家康によって関ヶ原の合戦後に始められ、先ず東海道、続いて中山道と順次進められていった。東海道では、1601年(慶長6)に品川から大津までを53駅と定め、ここに東海道五十三次が始まった。しかし、全部が一度に設置されたわけではなく、順次整備されて一番最後に庄野宿ができたのは、1624年(寛文元)だった。 宿場では公用人馬継立てのため定められた人馬を常備し、不足のときには助郷を徴するようになった。又、公武の宿泊、休憩のため問屋場、本陣、脇本陣などがおかれた。これらの公用のための労役、業務については利益を上げることは難しかったが、幕府は地子免除、各種給米の支給、拝借金貸与など種々の特典を与えることによって、宿場の保護育成に努めた。ほかに一般旅行者を対象とする旅籠、木賃宿、茶屋、商店などが立並び、その宿泊、通行、荷物輸送などで利益をあげた。また、高札場も設けられていた。 明治時代以降、鉄道開通などによって交通事情が変わってくると通行する人も少なくなり、衰微していった。

宿場の諸施設
問屋場 - 人馬の継立、助郷賦課などの業務を行った。
本陣 - 武士や公家用が宿泊・休憩をした。商業的な宿泊施設ではなく、その地の富裕者の邸宅が本陣として指定されることが多かった。
脇本陣 - 本陣に次ぐ武士や公家の宿泊施設だが、空いているときは一般旅行者も泊めた。
旅籠 - 一般旅行者用の食事付き宿泊施設。
木賃宿 - 一般旅行者用の自炊宿泊施設。
茶屋 - 旅人向けの休憩場で、お茶、一膳飯、お酒などを売っているところ。
商店 - 旅人向けに商いをする店。
高札場 - 幕府からの禁制や通達事項などをしるした高札を掲げた場所。
木戸
(以上、ウィキペディアより引用)

いい時代だったんでしょうね!